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佐枝節炸裂! 

 噂の「サイっち本」 

このコーナーでは、佐枝せつこがジャンルにとらわれず、人生に再スイッチ

入りそうな本をご紹介していきます。
                   

 

                   

手紙、栞を添えて  

 

辻 邦生・水村美苗 著/ちくま文庫

夜書いたラブレターはすぐに投函せずに、翌朝必ず読み返したほうがいい。とはよく言われることだが……。電話がなかった頃の恋人たちは、夜半に思いのたけを手紙にしたためていたのではないだろうか。

今は恋人の声が聞きたくなれば携帯電話もあるけれど、メールで思いが簡単に伝わる。自分の頭で考えた文章ではなく、定型文にハートマークをつけて思いのたけを伝え、受け取った方も絵文字付きの定型文で返事を返す。
これでは恋愛感情も定型化して当然だ。

本書は男女の恋文の往復書簡ではない。面識のない二人の男女の小説家が文学作品に付いて語り合う往復書簡だ。幼少時代に読んだ本から古今東西の名作。「宮本武蔵」まで出てくるのだが、自身の思いを述べながら感動を共有できる喜びで文字が踊っているように感じるフレーズが随所にある。品格のある美しい日本語でお二人の心と心が深く触れ合うさまが読み手の胸に迫ってくる。

往復書簡は1年4ヶ月続く。その間に水村さんにとって辻さんの存在は、「最後にお目にかかる方」から、「できることなら永遠にお目にかかりたくない方」に変わっていく。嫌いになったわけでいない。むしろその反対。好きという陳腐な表現で表せないほど、水村さんにとって辻さんは特別な人になる。


辻さんは私のことを過大評価なさっているに違いない。お目にかかる幸せより辻さんの創造していらっしゃる私で居続けるためには会わないでいたいとまで水村さんは思うのだ。


これがメールなら、ここまで深く心が触れ合うだろうか?

手紙には投函するまでに読み返す時間がある。

投函してから返事を待つ時間がある。

この時間こそが相手の心に近づく時間ではないだろうか。


素早くキーを叩き、言葉のキャッチボールをするメールの応酬では決して味わうことができない不思議な時間の流れ。


スピードの時代ではあるけれど、
心のメッセージは

性急に伝えるべきではない。

本書を読んでいると、良い小説が読みたくなる。そして誰かに感想を伝えたくなる。思いはメールではなく手紙にしたためてみたくなる。手紙の相手がいなければ、sairuma!まで。
秋の夜長の読書に最適本です。(佐枝せつこ)

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